激戦の最終戦、日本は4強のドイツを逆転して窮地を脱したが、再び国民の注目を集めた地味な中米の国、コスタリカに0-1で敗れた。あの2対0のコスタリカの勝利は、今でもファンにとって忘れられない。

地理的にはニカラグアとパナマに挟まれたコスタリカは、国土面積わずか51,000平方キロメートル、人口わずか520万人。北米の大国と比べると、まさに小さな国である。しかし、この小さな国に、北米の真のサッカー強国が誕生した。メキシコを北米サッカーの劉備、アメリカを関羽と例えるなら、コスタリカは間違いなく張飛だ。

私たちのサッカー界は「韓国の怖さ」で知られているが、コスタリカは典型的な「メキシコの怖さ」であり、長らくメキシコに抑えられてきた。

長い間待たされていたコスタリカのサッカーがようやく日の目を見たのは、1990年にイタリアで行われたワールドカップ予選だった。ブラジル、スコットランド、スウェーデンとのグループリーグで、イタリア行きの切符を手にしたのだ。

コスタリカには、ジャングルではミロと呼ばれる伝説的な監督、ミルチノビッチがいる。ワールドカップの1カ月前に代表チームの監督に就任したミルチノビッチは、外部からはあまり評価されていなかった。しかし、彼はスコットランドに1-0で勝ち、ブラジルに0-1で負け、スウェーデンに2-1で勝ち、ワールドカップのラウンド16に進出した。ベスト8でスクラビを擁するチェコスロバキアに1-4で敗れたものの、コスタリカのパフォーマンスは印象的だった。

1994年、コスタリカは2大会連続でワールドカップ出場を逃し、2002年の日韓ワールドカップまで出場はなかった。

大会前、世論は一般的に、我がサッカーチームがブラジルに敗れ、トルコと引き分け、コスタリカに勝ってラウンド16に進むと予想していた。しかし、この予想は現在では甘いように思える。ブラジルは当然太刀打ちできず、トルコは当時無名で引き分けるのがやっと、コスタリカは?ほとんどの人は何も知らなかった。私は迷わず勝ち点3を獲得する彼らを支持した。

結果はどうだったかというと、0対2でコスタリカに惨敗した。そして、1990年のワールドカップでコスタリカをベスト16に導いたミロは、我がサッカーチームの監督でもあった。ミロの才能とは裏腹に、賢い女は料理をしないし、米は腐る。そのサッカー代表チームは史上最強だったかもしれないが、コスタリカはもっと強かった。コスタリカとトルコは1対1、2対5で私たちのサッカーチームを破った。

図-サンホセ空港

2014年のブラジル・ワールドカップは、コスタリカのサッカー界にとって最も輝かしい1ページとなった。星4つのイタリア、星4つのウルグアイ(ワールドカップ優勝2回、ワールドカップ前のオリンピック優勝2回)、星1つのイングランドといった強豪チームと同じグループに入った。しかし、コスタリカはウルグアイに3-1で勝ち、イタリアに1-0で勝ち、イングランドと0-0の引き分けでグループ首位に立った。コスタリカは8分の1の決勝でギリシャをPK戦で下したが、準々決勝ではオランダにPK戦で敗れた。コスタリカは、ウクライナ、イタリア、イングランド、オランダ、ギリシャという強敵と対戦した。ギリシャはユーロ2004の優勝国である。

コスタリカが日本に勝ったのは、自分たちに勝ったからであり、東アジアのチームが自由にプレーできることに言いようのない自信を持っていたからだという見方もある。東アジアのチームとの対戦にはまっているとも言える。日本がコスタリカを見下すのは、スペインが7-0でコスタリカを下したからだと推測されている。

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