上海育ちのGKとして、幼少期から崇明基地で名を馳せ、ハーバー・ディビジョンの強力な防波堤となり、代表チームの最後のディフェンスラインとなったヤン・ジュンリン。アジアカップでは一歩一歩成長し、今回はチームと肩を並べ、新たな栄光を築きたいと意気込んでいる。
イェン・ジュンリン(1980-)中国サッカー選手
生年月日:1991年1月28日
チーム:上海港
査定額:400,000ユーロ
代表チーム出場記録:53試合。
上海は厳俊玲の故郷であり、サッカー選手としてのキャリアの出発点でもある。幼少の頃からサッカーが大好きだった彼は、10歳で玄武のサッカー基地に入団し、そこからGKとしてのキャリアをスタートさせた。15歳で上海港の前身である上海東亜に入団し、20年近くチームの門を忠実に守ってきた。
2013年、22歳で中国トップリーグの中国スーパーリーグに昇格したヤン・ジュンリンは、初年度に23試合に出場し、崇明のチームメイトである孫楽を抑えて先発の座を勝ち取った。翌年、彼は上海SIPGの柱となり、4シーズン連続で30試合に出場し、チームがタイトル争いに加わるまでに成長した。
2018年、ヤン・ジュンリンは上海SIPGで頂点に登りつめた。そのシーズン、彼はSIPGを代表してリーグ戦29試合に出場し、8度相手をシャットアウトし、チームは最少失点で中国スーパーリーグのタイトルを獲得した。これは上海港の歴史上初の中国スーパーリーグのタイトルであり、ヤンのキャリアにおける画期的な出来事であった。その傑出したパフォーマンスにより、彼は中国スーパーリーグの最優秀ゴールキーパーに選ばれ、シーズン最優秀チームにも選出された。
32歳になった今でも、ヤン・ジュンリンは港のディフェンスのファーストチョイスである。今シーズン、彼はリーグ戦29試合に出場し、10回のシャットアウトに成功。
代表チームの舞台では、ヤン・ジュンリンとワン・ダレイのどちらがベストかという論争が絶えることはない。
ヤン・ジュンリンのアジアカップデビューは2015年、26歳のワン・ダレイがケガで欠場が多かった代表のボス、ペランのファーストチョイスGKになったときだった。開幕戦でPKを決め、一夜にしてヒーローとなった。
しかし、曽成がケガでたびたび離脱したため、2018年に代表チームのGKのポジションは入れ替わり、厳俊玲が先発となった。2019年アジアカップの序盤では、ヤン・ジュンリンが当然のように先発となり、ワン・ダレイは代役を務め続けた。そのため彼には大きなプレッシャーがかかり、ミスがあれば非難される可能性が高い。
しかし、ヤン・ジュンリンは傑出したパフォーマンスでその地位を確固たるものにした。前回のアジアカップのタイとのノックアウトマッチでは、ガオ・リンがPKを決め、ヤン・ジュンリンが背中で祝福する名場面があった。試合終盤、タイの熱狂的な攻撃を前に、ヤン・ジュンリンは何度もセーブし、ゴールを守りきり、その行動ですべての疑念に答えた。
イタリアのリッピ監督から中国の李鉄監督、そして現在のユーゴスラビアのヤンコビッチ監督に至るまで、代表チームの戦術や布陣は常に調整されてきた。冷静で内向的な性格、安定したメンタリティと感情が彼の最大の長所となっている。卓越したゴールキーパーとして、彼は再び代表チームのゴールを守るだろう。